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Pianist 早川奈穂子 Official Blog

harmonie des fleurs * ハナのハーモニー

指導者

Categorytravail * お仕事 instruction * 指導


指導の仕方について、時折相談を受けます。
また、子育てにおいても褒めることができない、
欠点ばかりをあげてしまう、などなど。
「人を褒めると負けになる」
「相手が調子に乗る」
とも思ってしまうとも。。
 
でも、人をけなしたり、否定したり、欠点ばかりを指摘するのは、
それはかえって、自分の劣等感や満たされていない現状を、自ら露わにしていることです。
人を下にする事で、安心しようとしている、不安な深層心理。
これは世の中で結構知られている事であり、
それを知ると、自制し、他の方法を考える事ができるのではないでしょうか?
 
人に信頼され、劣等感の多くない人や、解決法を知っている人は、穏やかにどんと構えて見守られ、
競争意識もなく人の成長が嬉しいのですんなりと人を褒め、
アドバイスをしながら良い方向へ導くことができますね。
教えるのには、上手くいく方法、向かう方向を具体的に伝えれば良いだけであって、
執拗に否定する必要は全くありません。
 
一番良いのは、その両方のタイプの方に自分が習ってみること。
どちらが自分が伸びるのか、またどちらにもある良さ・補充したいことにも気づけます。
 
生徒さん側もこの事を知っていると、必要以上に自分を責めることはなく、
がんじがらめの師弟関係に苦しむ事もないでしょう。。
(でも、幼少期の場合は自分では選べませんよね、
そのトラウマで苦労している人も多いものです。。)
 
長所を指摘すると、子供も大人もどんどん成長します。
その中ではもちろんアドバイスも厳しい注意もありますが、良く耳を傾けます。
自分の成長や可能性を自分よりも信じてくれている人がいると、人は自分をより信じることができ、
達成へのエネルギーがより湧いてくるからです。
 
また、欠点にフォーカスすると身体はどんどん萎縮しますが、
「上手くいった時の身体」への感覚が強くなると、
何が良いかの判断・分析・その方法への思考力が強くなり、
脳がそちらへ向かってよく働きます。

ですので、上手く行った時ほど「それ!」と指摘し、
指導者はそこを素通りしてはいけないのです。
また、その時、生徒さん側もそれを身体ではっきりと「弾きやすさ」を感じている時。
目に見えない、人には解らない「快」の感覚を言葉にせずとも同時に共有するため、
信頼関係が蓄積されてゆきます。
そこを一緒に喜ばず、「だから言ったでしょ!」と(愛着のある冗談でもなく嫌悪的に)言われると、
残るのは気持ち良さではなく不快感ですよね。(´・_・`)
伸びるチャンスなのに、とてももったいないのです。
 
また褒める先生もお世辞を言っている訳でもなく、
先生の中の、小さな事にも「美」「良い事」「人が気付かないわずかな変化」
を見つける力がそうさせるのであり、
その力はそのままお弟子さんへと伝承されます。

それは、生徒さん達が、先生以外の万人・万物からも何かを学びとれる目を授けることになり、
先生(権威・自分が認める人)のみからしか学ばない人とは、吸収力・気づきの回路が雲泥の差になります。
万物の美を見られると、人を見下す人にもなりません。
どの人にも素晴らしさが必ずあるからです。
 
美を見つけることは、汚点を見つけるよりも、意外と難しい繊細な作業です。
感謝よりも不満を見つけ、ポジティブよりもネガティブになる方が簡単なことと同じですね(o^^o)
ですのでその習慣こそ育むと良いものであり、その人の人生も豊かにしてくれ、
人間関係も良くしてくれ、何かと生きやすくなります。
 
そして「調子に乗る」と心配しなくても、乗らせてあげればよく、
乗り過ぎれば失敗して本人が学びます(笑)
調子に乗られて面白くない、または怖れる自分がいるのなら
それは自分自身の劣等感・埋め込まれている何かへの怖れで、
自分が解決することであり、相手の問題ではないのです。⁎ˇ◡ˇ⁎
それもまた、調子に乗りすぎて(笑)失敗しない方法を、事前に伝えれば良いだけの事ですよね。
その上で身をもって失敗の経験をする事も、とても良い経験です。身体で深く覚えられます。
 
調子に乗っている人は流れに乗っている人であり、どんどん伸びます。
その中で、自然に謙虚の大切さも身をもって知ることができます。
そのお相手の中の謙虚さに対しても、こちらの真心からの「信頼」があると空気で伝わり、またそれを実現させます。
 
自分を疑う人とは、人は一緒にいて心地良くないものです。
また人によっては、自分はそう見られる人間なのだと、否定的に思い込んでしまうでしょう。
わざとしているのでもなく、方法を知らない、経験・技術が少ない、状況が解らない、
良くないことが良くないことだと解らないだけなのに、
わざとだ、目立とうとしているなどと見当違いに疑われると、子供は不信感を持ちどんどんスレてゆき、耳を塞いで行きます。
 
誰かを指導する役割の人は、その人の芯の一番美しい所、
生徒であっても自分よりも素晴らしい所がある事から目を離さず、
真心から「信じること」で、それがじきにちゃんと表に現れてきます。
 
 
なぜこの様な事を書くのかといいますと(o^^o)
演奏者は演奏者になるまでに、たくさんの先生方に接するためです。
軸となる数人の先生の他に、10~20人に習うことは普通のことで、
1人に偏ることなく様々な角度から光を当てていただきます。
その過程で、それぞれの先生の素晴らしさ、またどんな時に自分が大きく変化するのかを実感してきています。
 

日本にも良い先生はいらっしゃいますが、
欧米の音楽家の先生方のレッスンではこの
生徒への「信頼の前提」が顕著であり、
本物の方ほど穏やかで自制心があり、
話さなくとも心を汲む思いやりには感銘を受けるほどで、
とてつもない大きな愛情と信頼で包んで下さいます。
伸び伸びと伸びて行けるのです☘️ ˇ◡ˇ
 
沢山の音を弾かなければならないピアニストは、心を平和に保つ自制心をもち、状況を分析し判断できなければ、
舞台で自分や音をコントロールする事などできず、
作曲者という他人の気持ち・音の意味も汲むこと、楽譜の構成を建築的に理解する事もできません。
それが、指導の時の洞察力にもそのまま現れます。

先生方のその空気は、心も身体も脳も感じつくす舞台で、
年月をかけて身につけられたものなのだと感じました。
ですので、世界で何千回と舞台のある先生ほど、本当に菩薩のように穏やか、
でもチャーミングで情熱的な、温かな光を発しておられます。
 

日本では昔、先生に一言も意見も質問も言えないで絶対服従するような、
一方通行の師弟関係が多かったようですが、
近年では留学帰りの方が多く、少しずつ権威的でない開放的な指導態勢も
日本にも広まってきている様に感じています。

 

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