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harmonie des fleurs * ハナのハーモニー

アナ雪 と ラプンツェル ~ アダルトチルドレン

Categoryart * 芸術 concert * 鑑賞



「アナと雪の女王」の時のように、「塔の上のラプンツェル」も
後からじわじわと、その作りの素晴らしさを感じました。

とっても解りやすいけれど、深く。



ラプンツェルは、母親によりずっと塔に閉じ込められて育ちます。
「外の世界は危険がいっぱい、
悪い人がいっぱいいる、
ここにいれば安全、
お母さんだけが味方」
と。
そして、
子どもではなく自分の心を満たすために、彼女の能力を使います。

外で少しでも良くないことが起こった時にはすかさず、
「だからお母さんの言った通りでしょ」
とまた洗脳し、もとの塔へと連れ戻されます。


ラプンツェルは外に出た時、初めて母親に背いたことに、
何度も浮き沈みするシーンもあります。

親の機嫌が悪くならないように、いつも顔色を見ながら、
自分ではなく、親がしてほしいことを無意識にし続けてきた子は、
親の欲求をそのまま自分の欲求だと無意識に思っていたり、
自分の本当の欲求を通すことに罪悪感を感じてしまうという、
典型的な例が描かれていました。

外に出て、「あの人は誰(敵)?」
と、何度も聞くシーンもありましたが、
「あの人は危険だよ、ライバルだよ」
と言われ続けた子どもが持つ、特有の心の声であり、
初めて会う人を怖れてしまい、自分の目で物事を判断せず
誰かに確認しないと仲良くしていいか解らない、という子になります。
これらは、母親自身の劣等感と依存心(寂しさ)により、
母だけを頼るようにされてきたからです。


多くの子どもたちや大人にメッセージを送るこの2つの映画、
カウンセラーや学校の先生たちにはすぐに
とても典型的なDVやアダルトチルドレンをテーマにしてある作品であることが解りますが、
でも、それらが前面に出ると、その子たちの目に触れることはなかなかなくなるでしょう。。

一番伝えたい人やテーマを言わないことで、
ようやくその人たちに見てもらえる機会が生まれる。
ただのアニメ、ファンタジーだから、伝えたい人に伝えられる。

世の中には、そうしてベールに覆いながら、
懸命に伝えている作品がたくさんあるのだと、、、
改めて思いました。


「アナと雪の女王」になると、親を悪者にしてしまわず、
子どもが自分の意志で外へ飛び出すことに焦点があてられ、
親の側も、閉じ込めることが苦肉の策だったことが描かれています。

それは、環境が原因でもそこにフォーカスせず、
「自分で乗り越えるしかない」というメッセージであり、
そして、「ありのまま」すぎては人を傷つけるモンスターになってしまうこと、
自己をコントロールすること、自立の大切さもきちんと描かれていて。



このような映画や歌が大ヒットしてしまうということは、
今、そのようなことが社会でたくさん起こっている
ということですよね。


小中学校で先生をしているお知り合い達からも、
本当にたくさんの例を耳にし、どうにかならないものか・・と思います。

こっそり先生に現状を告白、訴えてくる子もいるそうですが、
親御さんの前にいる時には、無意識に全く反対のことを言ってしまうそうです。
そうしなければ、その子はその家庭で生きていけませんものね。。

核家族化の影響もあるのか、子どもたちが接する大人が少なくなったり、
子どもたちが他人にお世話されることも少なく、
親戚以外の親子関係を見ることも少なく、
自分の親の言葉が暴力的であっても、それが普通で愛情だと思っている子も多いのだとも。


小さな頃からたくさん外の世界に出て、
たくさんの人に出逢い、たくさんの価値観に触れることで、
自分の視野が狭いものでないのか、初めて知ることができますね。

そんな機会がある子は、誰か1人の偏った言葉や観念に支配されることなく、
「あなたのため」と脅迫・恐怖・否定を与え続けられた、
それこそがおかしいことであると気づき、
違う価値観を持つことができるようになるのではないでしょうか。



ラプンツェルには、ずっとずっとある「光」が照らされていました。
遠くにいる「本当の親」からの、ランタンの光。
それは、「本物の愛」の象徴。

アメリカの映画なので、「神様の愛」の象徴なのでしょう。


私はいつも思うのですが、
人、一人一人が置くべき軸、というのは、
親や周りの人・上司・先生ではなく、
何百年、何千年と受け継がれて来た様々な「教え」の中にある
「大愛」であるべきではないかと思っています。

神道や仏教、儒教、キリスト教、イスラム教の
「畏敬」、「慈悲」、「仁」、「隣人愛」、「喜捨」、
どの宗教も説いているのは、思いやりの心、利他愛で、
それぞれの神様は、「大愛」そのものであることが書かれています。

人を軸にすると、未熟な私たちは真からそれてしまうことがありますが、
それらの「教え」を軸にすると、反省することはあっても迷う事もなく、
ある思い込みの価値観の言いなりになり、苦しむこともないのだと思います。
(もちろん、人への敬意・謙虚は教えの中にありますので、むやみに「逆らう」という意ではありません。)

そして、私がいつも1つの宗教だけをあげないのは、
自分で勉強・経験することなく何かを盲信し、偏りに陥ることがないようにです。

宗教と言っても、本当に良いものから危険なものまで、様々ですよね。
同じ仏教やキリスト教の中だけでも、様々な人がいます。
たまたま良いものや良い人に触れられれば本当にラッキーですが、
経典も間違った解釈をしてしまうと博愛から遠のき、
戦争が起こってしまうくらい、 怖いこともありますね。

音楽の勉強もそうなのですが、「本当に良いもの」というのは、
どの場所でも、どの分野でもいつも共通し、
シンプルな同じゾーンに集約されてゆきます。

視野を広げてそれらを見渡した上で、
どの「教え」にも通じる良い事を見極め、互いに心から尊重しあうことは、
狭い家庭環境の中で、そこにいる大人の価値観だけが全てだと思わないことと同じ、
大切なプロセスだと思うのです。



そして、救いなのは、
ラプンツェルは、「光」を本能とわずかな記憶で求め、
美しいと思い、憧れ、
塔を自分の意志で飛び出しました。


そんな風に、サインを送り続けている出来事・物・人は、
誰の身の周りにも、たくさん存在しているのだと思います。



そのような環境にあるこどもたちには、
そんな「光」をたくさん見つけ、軸にし
機会をみて堂々と、いつか抜け出し自立してほしいと思いました。

なぜかいつも生きにくさと不安の中にいる、
アダルトチルドレンかも、と思う大人の方は、
その道の専門家・カウンセラーさんと一緒に乗り越え、
楽な生き方へとシフトしてゆけますようにと思います。


私自身の目から普通に見ると、ラストの母の墜落はとても残酷でした。
でも、これらの環境にあった子の視点でみると、
歪んだ愛情の抑圧を「心の中で」消し去り、自分自身を生きるという、
大切な設定であったのだと思いました。


心理学的にとても深く考察され作られていて、
意味がわからなくとも、人々の脳に何か「光」を残す映画だと、
改めて思いました。





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